花郁悠紀子・単行本解説
* 幻の花恋 *


【書誌情報】
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秋田書店(プリンセスコミックス), 1979.08, ISBN4-253-07177-5
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【収録作品】

注:作品名をクリックすると、各作品の紹介にジャンプします。
なお作品紹介では、結末までのあらすじを記してありますので、未読の方はご注意ください。

【解説】

作者の没後編まれた短編集。日本を舞台にした幻想的な作品が集められている。
「妖精の娘」は、高校時代の投稿作品。
巻末に青池保子、萩尾望都、佐藤史生による追悼文が収録されている。

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1. 幻の花恋
  まぼろしのはなこい

【初出】ビバ・プリンセス 1977年 春季号
頁数:65頁
【あらすじ】

大学のキャンパスで、初恋の人に似た少女を見かけた大学教授の司は、甥に初恋の物語を語る。
母の病気療養のため山村に引っ越した高校生の司は、そこで、鬼姫、夜叉と呼ばれる姉弟に会った。 彼らの父はアメリカ人で、母と祖父の死後、村人に疎まれながら、山の中で暮らしていた。
級友たちの苛めにあい、木に吊るされていたところを助けられたことから、 鬼姫鈴鹿と親しくなった司だが、鈴鹿は司の母と同じ病気に冒されていた。
司は喀血した鈴鹿のため医者を呼びにいくが、戻ってみると鈴鹿の姿はなく、鈴鹿の弟の夜叉が真剣で勝負を挑んできた。 戦いの最中にふたりは崖から落ち、司だけが村人に助けられる。家に戻ってみると司の母は亡くなっていた。
司たちが村を出る日、鈴鹿が司に会いにやってきた。司が待っていてくれるなら、彼女はかならず彼に会いにいくと言い残して、 鈴鹿は去っていた。 だが、東京に戻った司は、彼が村を出るときには既に鈴鹿は死んでいたこと、 また夜叉が村を出たことを知った。

話を聞いた甥は、司の初恋の人に似ているという少女 杏子を見つけ出す。 杏子は、アメリカへ渡った夜叉に施設から引き取られたのだった。 話を聞いて、司は村を出るときに会ったのは、鈴鹿のふりをした夜叉であったことに気づく。 夜叉と鈴鹿のことを思い出して、桜の木の下にたたずむ司に声をかけたのは、鈴鹿に乗り移られた杏子だった。 二人は、桜の木の下で抱き会う。
翌朝、すべてが夢だったと思う司が桜の木の下で見つけたのは、鈴鹿のかつぎであった。

【コメント】

何十年の時を越えてよみがえる青春時代の恋。
この後、司さんがどうなったか気になるんですが、別の人と結婚して幸せになって欲しいという気もしますね。

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2. 不死の花
  ふじのはな

【初出】プリンセス 1979年 8月号
頁数:50頁
【あらすじ】

能楽師 錦木万里(まさと)は、家元の父から、次期能演のシテ方(主役)を譲られる。演目は「藤」。 だが、自分の舞いに迷う万里は、藤を見るため、藤妙寺という寺を訪れる。寺で菩薩像を見た帰り、 万里は崖から足をすべらせてしまう。

気が付くと、彼は観世元雅だった。室町時代の能楽の祖、世阿弥元清の息子である。 彼は、藤若の名を授けられた申楽師の少年と出会う。藤若は世阿弥に命を救われ、世阿弥のことを慕っていた。 藤若は、世阿弥と敵対する畠山権実に呼び出される。だが、畠山権実は、藤若の母の仇であった。 藤若は、畠山を討ち損じ、藤の根元で自害する。

再び気が付くと、万里は、藤妙寺にいた。住職から寺の由来を聞いた万里は、境内に枝をはる見事な藤に、 世阿弥の能がいつまでも栄えることを願った藤若の姿を見るのだった。

【コメント】

現代物の枠の中に室町時代の話が入るという凝った構成になっています。能の「藤」をモチーフに芸術の永遠性を描いた作品。
現代物のところで出てくる、錦木万里(まさと)、千尋(ちひろ)、百枝(ももえ)の三兄妹は、 「百の木々の花々」にも登場します。

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3. 菊花の便り
  きくかのたより

【初出】ビバ・プリンセス 1979年 秋季号
頁数:42頁(初出時 40頁)
【あらすじ】

司郎の養父 東朔太郎の実子 文(あや)が事故で死んだ。文は朔太郎が妻と離婚したとき、母親についていったのだ。
墓参りと療養を兼ねて、妻の故郷の旅館に泊まっていた朔太郎は、小川を流れてきたという文からの手紙を受け取る。
手紙はその後も何通も届き、司郎と朔太郎は少年時代の文に似た人影を見る。 不思議なことに手紙は何年も前に書かれたもののようで、届く順番もばらばらだった。
次に届いた手紙は、小川を流れてきたのではなかった。文の従姉妹が届けにきたのだ。 文と一緒に住んでいた少女が落としたものだという。 少女は、文の身代わりとして、文の母がどこからかを連れてきてしまった子供だった。
山奥で人知れず育てられた少女は、手紙の出し方も知らず、 文が出さずに置いていた手紙を一通づつ川に流していたのだ。

【コメント】

「菊慈童」をモチーフにした作品。 「菊慈童」というのは、帝に追放された少年が、菊の葉の露によって不老不死となり、 700年もの間少年の姿のまま、帝を恋慕うという物語。 文とその父を菊慈童と帝になぞらえているわけです。
物語の舞台となる旅館は、菊が名物で、文が育てた少女の名前は、菊枝。 カメラマンが文をモデルに下村観山の「菊慈童」と同じ構図の写真を撮るというエピソードもあって、 菊づくし。
大学教授の養子が、父の実子のことを調べるという展開は、デビュー前の「父の天使」にも見られる。

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4. 妖精の娘
  ようせいのむすめ

【初出】未発表作品(1972年)
頁数:16頁
【コメント】

森の中で赤ん坊を拾った4人の妖精が、人間に変身してその子供を育てるが、 やがて成長したその子を人間の世界へ戻すという物語。
萩尾望都の「リデル森の中」や、マキリップの『妖女サイベルの呼び声』などを思わせますが、 年代的にはこの作品の方が先。

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有里 (Alisato Akemi)
http://alisato.web2.jp/book/kai/

最終更新日:2005/05/09