〜『航路』登場文学作品解説〜

目次


バイロン『セナケリブの破壊』

原典リンク

University of Toronto English Library (UTEL) :
George Gordon, Lord Byron (1788-1824)
 The Destruction of Sennacherib

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著者および作品解説

ジョージ・ゴードン、バイロン卿 George Gordon, Lord Byron (1788-1824)は、イギリスの詩人。
1809年から2年間、ポルトガル・スペイン・ギリシャなどを旅行し、帰国後発表した物語詩『チャイルド・ハロルドの遍歴』(Childe Harold's Pilgrimage)が好評を博し、「一朝目ざめて有名になったのを知った」。1815年に結婚するが、翌年離婚、異母姉との関係などの悪評がもとでイギリスを去り、ヨーロッパひと旅立ち、『ドン・ジュアン』(Don Juan)などをを書き続ける。
1823年、ギリシャ独立戦争に参加するためミソロンギーに上陸したが、1824年4月その地でマラリア熱のため客死する。

The Destruction of Sennacheribは、アッシリア皇帝セナケリブがエルサレムに侵攻したときに、天使が現われ十八万五千人の兵士を殺してアッシリア軍を壊滅させたという、旧約聖書に描かれた出来事をうたった詩。
(邦題は「セナケリブの壊滅」のほうがいいような気がする。)

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『航路』登場部分

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「『――羊の群れを襲う狼のように』」といいかけて口をつぐんだ。またあの感覚だ。グレッグ・メノッティがなにを話していたのか、わたしにはわかっている。引用のつづきはなんだったけ? 紫と金色に輝くなんとかかんとか。
10章 上巻p.140

【解説】
ミスター・マンドレイクを揶揄しようとして口をついた引用がジョアンナの記憶を刺激する。

引用されたのは冒頭の部分。

The Assyrian came down like the wolf on the fold,
And his cohorts were gleaming in purple and gold;
The Destruction of Sennacherib (ll.1-2)


  紫と黄金。そう考えてだしぬけに思い出した。チアリーダの制服姿のサラ・ディックスとリーラ・マイネックが大幅に遅刻して教室にやってきたとき、ブライアリー先生は教科書をデスクに置いておもむろにこうたずねた。「アッシリア人はどこだね?」
「アッシリア人?」リーサとサラはとまどった顔で目を見合わせた。
「きみたちの軍団だよ。『アッシリア人は羊の群れに襲いかかる狼のようにやってきた』」ブライアリー先生はふたりの見にスカートの紫と黄金のプリーツを指さして、「『その軍団は、紫と金色に輝いていた』」
21章 上巻p.297

【解説】
ジョアンナは、母校の《ドライクリーク・ハイスクール》を訪問し、「紫と黄金」の意味を思い出す。

引用部分は、上巻p.140に同じ。

The Assyrian came down like the wolf on the fold,
And his cohorts were gleaming in purple and gold;
The Destruction of Sennacherib (ll.1-2)


「教え子は全員おぼえているとも。たとえ紫と黄金に輝く軍団であってもね。きみは二時限のクラスにいた。『老水夫行』がお気に入りだったと記憶している。『ひとり、ひとり、ただひとり、大海原にただひとり』。それにきみは一度も、『期末試験に出ますか?』とたずねなかった」
31章 下巻p.39

【解説】
ジョアンナは〈船〉の中でブライアリー先生に会う。


 暗記していたことすべてが一行一行はらはらと離れ落ち、 機会にからんだビデオのテープみたいに黒い水のなかにほどけていく。 「アッシリア人はひつの群れに襲い掛かる狼のようにやってきた」も、「こんな状況ではだれでも自分のことを考えるものだ」も「ヒューストン、問題がおきた」も、「むかしむかしある村に、ふたりの子供がおりました。子供の名前はわかりません」も。 (53章 下巻p.338

【解説】
激しくネタバレにつきノーコメント。

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ポープ『髪の毛盗み』

原典リンク

University of Toronto English Library (UTEL) :
Alexander Pope (1688-1744)
 The Rape of the Lock: Canto 3
The Rape of the Lock Home Page

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著者および作品解説

アレクサンダー・ポープ(Alexander Pope, 1688-1744)は18世紀前半のイギリスを代表する詩人・評論家。ホメロスの翻訳なども手がける。

『髪の毛盗み』は、Lord Petre が、Arabella という美人の髪の毛房を切り取ったという実際に起こった事件をもとにした詩で、両家の和解を目的として書かれたという。

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『航路』登場部分

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「紅茶だ」とブライアリー先生はきっぱりいい、「『時には助言を――そして時には紅茶を得る』」と引用した。「アレクサンダー・ポープ『髪の毛盗み』」ジョアンナは自分が覚えていたのが嬉しかった。
21章 上巻p.307

【解説】
ジョアンナはブライアリー先生を訪問する。ブライアリー先生は、『髪の毛盗み』を引用してみせるのだが……。

引用されたのは以下の部分。

Dost sometimes counsel take--and sometimes tea.
The Rape of the Lock: Canto 3 (l.8)

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シェリー『オジマンディアス』

原典リンク

University of Toronto English Library (UTEL) :
Percy Bysshe Shelley (1792-1822)
 Ozymandias
RCHS Hypertext Reader:
 Samuel Taylor Coleridge, "The Rime of the Ancyent Marinere

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著者および作品解説

パーシー・ビッシュ・シェリー Percy Bysshe Shelley (1792-1822)は、イギリス・ロマン派を代表する抒情詩人。

1822年、ヨットで航海中嵐にあって、スペッツィア湾で溺死した。

『オジマンディアス』は、エジプトの砂漠の中に廃墟となったOzymandias王の巨像をうたったもの。

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『航路』登場部分

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「あるいは人間の営為の無益さ。全能なる神よ、我がなしたる業をみよ、そして絶望せよ』」と引用し、「『オジマンディアス』、パーシー・ビッシュ・シェリー。彼もまた海の底で生涯を終えた」
35章 下巻p.88

【解説】
〈船〉の中でブライアリー先生は語る。

引用されたのは以下の部分。

"My name is Ozymandias, king of kings:
Look on my works, ye Mighty, and despair!"
Ozymandias (ll.10-11)

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テニスン『追憶の詩』

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University of Toronto English Library (UTEL) :
Alfred Lord Tennyson (1809-1883)
 In Memoriam A. H. H.: The Prelude (全篇)

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著者および作品解説

アルフレッド・テニソン Alfred Lord Tennyson (1809-1883)は、ブラウニングとともにヴィクトリア朝詩壇を代表する詩人。

1832年、妹の婚約者で親友のアーサ・ハラムとヨーロッパを旅行したが、翌年ハラムは急死、彼を悼み『追憶の詩』In Memoriam の一部を執筆する。

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『航路』登場部分

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ブライアリー先生は『追憶の詩』について話している。 「テニスンの死んだ友人は、未知の大海へ帆船へ乗りだし、さらに未知の岸辺を目指した」
35章 下巻p.89

【解説】
〈船〉の中でブライアリー先生は「水を渡ることは古来より死の象徴だった」と語る

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ディラン・トマス『ロンドンの空襲により焼死した子供を悼むことを拒む詩』

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The Academy of American Poets:
Dylan Thomas
 A Refusal to Mourn the Death, by Fire, of a Child in London

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著者および作品解説

ディラン・トマス Dylan Thomas(1914-1953)は、イギリスの詩人。イングランド人とウェールズ人との家系に生まれ、若くして詩人としての才能を発揮したが、晩年はアルコール中毒におかされ39歳で世を去った。

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『航路』登場部分

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 ブライアリー先生はうなずいた。「『最初の死よりあとに、もはやほかの死はない』」最後の二段を下り、扉のほうに歩いてゆく。「ディアン・トマス『焼死した子供の死を悼むことを拒む――』と、なおもしゃべりつづけながら扉の外に出た。
44章 下巻p.230

【解説】
ジョアンナは〈船〉でブライアリー先生と出会う。

引用されたのは詩の最後の部分。

After the first death, there is no other.
A Refusal to Mourn the Death, by Fire, of a Child in London

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ジョン・キーブル"Twenty-Fourth Sunday after Trinity"

この項目の記述は湯川さんに協力していただきました

原典リンク

The Christian Year
John Keble "Twenty-Fourth Sunday after Trinity"

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作品解説

ジョン・キーブル(John Keble、1792〜1866)
キーブルはイギリスの詩人。19世紀前半のオックスフォード大学内の 宗教的運動の中心となった人物で、死後間もない1870年には彼の名を 冠した「キーブル・コレッジ」 というものも出来ている。

"Twenty-Fourth Sunday after Trinity"は、1827年の詩集"The Christian Year"所収の詩。

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『航路』登場部分

「『死ぬときは誰もがひとり、天がそうおぼしめした』」とブライアリー先生がいった。
37章 下巻p.138

【解説】
キットにかけた電話にブライアリー先生が出る。


引用は、1827年の詩集"The Christian Year"所収の詩、"Twenty-Fourth Sunday after Trinity"の冒頭より。

作家ハーディーは、自身も読んでいたこの詩集を、勉強・読書を 愛する『日陰者ジュード』の主人公にも読ませ、やはり冒頭から 二行を引用している(Part Second, Chapter One.)。

Why should we faint, and fear to live alone,
Since all alone, so Heaven has will'd, we die?

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サンドバーグ『霧』

この項目の記述はdetonさんに協力していただきました

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University of Toronto English Library (UTEL) :
Carl Sandburg (1878-1967)
 Fog

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作品解説

サンドバーグ(1878-1967)
米国の詩人/作家/歴史家。スウェーデンからの移民の子としてイリノイ州に生まれる。 正規の教育は受けないまま,スペイン-アメリカ戦争ではプエルトルコに兵士と参加。その後働きながら大学で学び,ジャーナリズムの仕事に就いた。 『シカゴ詩集』(1916)で有名になり、リンカーン伝なども著す。

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『航路』登場部分

霧。リッキー・インマンだ。彼が詩のことでブライアリー先生に質問した。
「まだわかりません」とリッキーは椅子の上で体を揺らしながらたずねた。
「どうして霧が仔猫の足で歩いてきたりするんですか?」
...
「まだわかりません。霧には足なんかないと思います」といった。
22章 上巻pp.322-323

【解説】
ジョアンナはブライアリー先生の隠喩(メタファー)についての講義を思い出す。
『霧』に出てきた隠喩がわからないリッキー・インマンにブライアリー先生は隠喩と直喩の違いを説明したのだが、結局インマンには理解できなかったらしい。

インマンがいっている「霧が仔猫の足で歩いてくる」は、以下の詩の冒頭の部分。

THE fog comes
on little cat feet.

It sits looking
over harbor and city
on silent haunches
and then moves on.

「...
たしかに霧には足など生えていないね。
それは、ほとんどのものが、一点か二点の類似しかないからだ。
霧は猫とおなじように静かで、おなじように謎めいている。
その一方、霧は魚を食べず、インマンくん、きみが指摘したように、
足を生やしてはいない」
22章 下巻pp.109-110

【解説】
ブライアリー先生によるメタファー談義の一部。
上巻p.322に出てくるリッキー・インマンの質問に対するブライアリー先生の回答だと思われる。

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有里 (Alisato Akemi)
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