戯曲
〜『航路』登場文学作品解説〜

目次


トム・ストッパード『ローゼンクランツとギルデスターンは死んだ』

※この項目の記載は湯川光之さんに協力していただきました。

著者と作品解説

トム・ストッパード Tom Stoppard(1937-)旧チェコに生まれる。
シンガポールに転勤した父が日本軍に殺され、母が英国軍人と 再婚したことから英国で育つことに。『ローゼンクランツと ギルデンスターンは死んだ』は1966年初演の戯曲。1990年には 彼自身が監督して映画化も。映画『恋に落ちたシェイクスピア』の 脚本にも参加している。

ローゼンクランツとギルデンスターンはシェイクスピアの『ハムレット』に 登場する脇役。兄を謀殺しデンマーク王となったクローディアスにとって、 ファザコン兼マザコン兼KICHIGAIな甥ハムレットは目障りな存在。「このガキを 処刑してください」と書いた密書と、監視役の学友ローゼンクランツと ギルデンスターンをつけて海路イギリスに送ったが、実は正気のハムレット にはそんな罠はお見通し、密書を「この二人を処刑してください」という ものにすり替えて自身は邪悪な叔父を殺すためデンマークに戻る。あわれな ローゼンクランツとギルデンスターンを待つものは無意味な死だった…… という御馴染みの話を、ローゼンクランツとギルデンスターンを主人公に して描いた不条理劇。

引用された箇所の前後はこのようなもの。

ロズ: Do you think death could possibly be a boat?
ギル: No, no, no ... Death is ... no. Death isn't. You take my meaning.
Death is the ultimate negative. Not-being. You can't not-be on a boat.
ロズ: I've frequently not been on boats.

超抄訳を試みると、

ロズ:「死」は船みたいなもんだと思う?
ギル:いや、「死」は要するに極めつけの「無」だろ。船に乗って「無」になる(not-be)なんてことはできんよ。
ロズ:(ギルの台詞を、You can't not be on a boat.=「船に乗っていないでいることはできない」と勘違いして)
  でも、おれ、船に乗っていないことはしょっちゅうだけどな。

という感じか。

劇書房から出ている松岡和子訳では、

ロズ:ひょっとして、死ってのは船みたいなんじゃないかな?
ギル:いやいや、違う……。死ってのは……そうじゃない。死は何かみたい
なんてもんじゃない。俺の言うこと、分るな?死は根本的な否定だ。
存在しなくなることだ。船に乗ってて存在しない、なんてことはあり得ない。
ロズ:俺、船に乗ってなかったことはしょっちゅうあるよ。
トム・ストッパード『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(劇書房,1994)p.121

死をテーマにした会話なのにおかしなボケが入って笑える、 それでも観客はこの二人がまさに船に乗って「死」へと向かっていることを知っているので、その笑いも複雑なものにならざるを得ない。

関連リンク

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『航路』登場部分

死が船だってことが
ありうると思うかい

――トム・ストッパードの戯曲
『ローゼンクライツとギルデスターンは死んだ』より
第二部扉

【解説】
ジョアンナが、臨死状態をシミュレートした自分がどこに「いる」のかに気付いた直後のエピグラフ。

戯曲の登場人物の運命と『航路』の登場人物の運命とを考え合わせながら読むと……。

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ソーントン・ワイルダー『わが町』

著者と作品解説

ソーントン・ワイルダー Thornton Niven Wilder(1897-1975) は、アメリカの戯曲家、小説家。代表作は、小説『サン-ルイス-レイの橋』、戯曲『わが町』など。

『わが町』は、ニューハンプシャー州の架空の町を舞台にした三幕の戯曲。
小道具や舞台装置をほとんど使わず、「舞台監督」と呼ばれる登場人物が、ナレーションで時間や場所を設定していく。

第一幕は町の人々の日常生活を描き、第二幕では医者の息子ジョージと新聞編集長の娘エミリーの結婚式と馴れ初めを描く。
そして第三幕では、お産で死んだエミリーと墓地に埋葬された他の死者達が登場する。エミリーは生涯でもっとも幸福だった12歳の誕生日を再び経験することを許されるが、日常生活の一瞬一瞬の価値に気づかぬ生者たちの姿に絶望し、死者の中へと戻る。

「ああ、地上よ、あなたはあまりにも美しすぎて、誰も気付かない!」
『わが町』は、時代を超え、今でも世界中で上演され続けている。
ワイルダーがこのドラマで描いているのは、ごく普通の人間の、ありきたりで平凡な一日である。
朝起きて、夜眠る、その日々の繰り返しのはてに死が待ち受け、また新たな生が生まれる。
それは、地球という星で、人間が限り無く繰り返してきた営みである。
しかし、一つとして同じ生ではなく、今という瞬間は二度と繰り返されることはない。
ソーントン・ワイルダー『わが町』(劇書房,2001) カバーより

関連リンク:
http://www.wikipedia.org/wiki/Thornton_Wilder
The Thornton Wilder Page】(英語)
Our Town Summary】……『わが町』の要約。(英語)

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『航路』登場部分

さて、このあと
もう一幕ありますが、
どんな話になるかは、
みなさんもう
お察しのことでしょう

――ソーントン・ワイルダー『わが町』より
第三部扉

【解説】
引用されたのは、ソーントン・ワイルダーの戯曲『わが町』第二幕の冒頭の「舞台監督」役の口上の一部である。

The First Act was called Daily Life. This act is called Love and Marriage. There's another act coming after this. I reckon you can guess what that's about."


劇書房から出ている額田やえ子訳では、以下のように訳されている。

第一幕は題して「日常生活」。この第二幕は「愛と結婚」です。このあとにもう一幕ありますが、そのテーマはみなさん、もうお察しになったことでしょう。
ソーントン・ワイルダー『わが町』(劇書房,1990) p.50

第二部のエピグラフと同様、戯曲の登場人物の運命と『航路』の登場人物の運命とを考え合わせながら読むと感慨深い。

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有里 (Alisato Akemi)
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