コールリッジ『老水夫行』
〜『航路』登場文学作品解説〜

目次


コールリッジ『老水夫行』

原典リンク

University of Toronto English Library (UTEL) :
Samuel Taylor Coleridge (1772-1834)
 The Rime of the Ancient Mariner (text of 1834)
RCHS Hypertext Reader:
 Samuel Taylor Coleridge, "The Rime of the Ancyent Marinere

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著者および作品解説

サミュエル・テイラー・コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge, 1772-1834)は、イギリスの詩人・批評家・哲学者・ジャーナリスト。
代表作は、『老水夫行』(The Rime of the Ancient Mariner)、『クリスタベル』(Christabel)、『忽必烈汗』(Kubla Khan) など。

 1798年、コールリッジはワーズワースとともに、イギリス・ロマン派の時代の嚆矢となる『抒情歌謡集』Lyrical Ballads を匿名で出版する。『老水夫行』(The Rime of the Ancient Mariner) は、その巻頭を飾った詩で、後にSibylline Leaves にも収録され、その際に改版されている。

 老水夫が結婚式に向かう三人の客のひとりを呼び止め、自分の辿ってきた航海のことを語るというのが、このバラッド詩の内容である。
 港を出た船は嵐で南極へと流され、老水夫は霧の中で船に慕い寄ってきたアホウドリを射殺し呪いを受ける。船は太平洋へ入り赤道へと近づくが、呪いのために全く進まなくなってしまう。老水夫は罪のしるしとして、首にアホウドリの死骸を架けられる。
 船は「死」と「死中の生」と出会い、老水夫以外の乗組員は次々と死んでいく。ただひとり残された老水夫は、目にした水蛇の美しさを称えたことで、呪いから解放される。
 船はやがて港へと戻り、老水夫は自らの経験をもとにすべての生き物を愛し敬うことを説いてまわる。

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『航路』登場部分

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 グレイのツイードのべストに蝶ネクタイのブライアリー先生が皮肉っぽく眉を上げて黒板の前にたつ姿が目に浮かび、耳にはその声が聞こえてくる。「ではミスター・インマン、『老水夫行』の中でどんなことが起きたのかみんなに説明してくれるかね?」
20章 上巻p.291

【解説】
ブライアリー先生の初登場シーン(ジョアンナの回想)


「朗読してくださったのを覚えています。それにコールリッジの『老水夫行』も。わたしのお気に入りでした。『あちらを向いても水ばかり。なのに船板干割れてちぢむ――』」といってから間を置き、ブライアリー先生が次の二行をいうのを待った。
21章 上巻p.307

【解説】
ジョアンナはブライアリー先生を訪問する。

ジョアンナの引用した部分は一度聞いたら忘れられない有名なフレーズ。

Water, water, every where,
And all the boards did shrink;
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (ll.119-120)

続く二行は以下の通り。

Water, water, every where,
Nor any drop to drink.
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (ll.121-122)

それが出てなかったということは、ブライアリー先生の病状がかなり思わしくないことを示しているのだろう。


「『花嫁はすでに広間のなか』」とブライアリー先生の声が暗唱する。「『その頬は深紅の薔薇』。わたしの採点簿をどこへやった、キット?」
23章 上巻p.339

【解説】
『航海と声』が見つかったというキットからの伝言をジョアンナが聞いていたときに、電話のそばで聞こえていたブライアリー先生の声。

ブライアリー先生が引用した部分は以下の通り。

The bride hath paced into the hall,
Red as a rose is she;
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (ll.33-34)

実はこのとき、ブライアリー先生はジョアンナが聞きたかったあの「授業」を再現していたのではないか。


「『老水夫行』は、一般にそう教えられているのとは反対に、直喩や踏韻や声喩法に関する詩ではない」ブライアリー先生がニ時限の英語の授業のような口調でいった。「そしてまた、あほうどりや、妙な綴り方をした単語に関する詩でもない。『老水夫行』は死と絶望、そして再生に関する詩だ」
27章 上巻p.395

【解説】
ジョアンナがキットをディシュナイトに迎えにいったときに聞く、ブライアリー先生の昔の授業の再現。


「教え子は全員おぼえているとも。たとえ紫と黄金に輝く軍団であってもね。きみは二時限のクラスにいた。『老水夫行』がお気に入りだったと記憶している。『ひとり、ひとり、ただひとり、大海原にただひとり』。それにきみは一度も、『期末試験に出ますか?』とたずねなかった」
31章 下巻p.39

【解説】
ジョアンナは〈船〉の中でブライアリー先生に会う。

引用された部分は以下の通り。ここもまた有名な部分。

Alone, alone, all, all alone,
Alone on a wide wide sea!
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (ll.232-233)

なお「紫と黄金に輝く軍団」は、上巻p.140にも出てくるバイロンの『セナケリブの破壊』からの引用。


「それにもちろん、老水夫の船がある。船があってな、と老水夫は言った』」 (中略) 「きみのお気に入りだったこの詩ともぴったりだな」 (中略) 「あれには氷山がでてくるからね。『流れてきた氷の山は帆柱ほども高く、エメラルドのような緑に見えた』」 「それが関係(つながり)なんですか? あの日、先生が朗読したのは『老水夫行』だったんですか?」 (中略) 「ちがう」軸の長い鍵をひとつずつ南京錠に挿し込んで試しながら答えた。「しかし、それもふさわしくはあるだろう。あの詩の中で、船は重要な役割をはたしている。それに水も」また別の鍵を挿す。合わない。またべつの鍵。「さらには死も。『二百がとこの生きた男たちが、次から次へと命なき骸(むくろ)となった』」
35章 下巻p.90

【解説】
〈船〉の中でブライアリー先生は語る。

引用された部分は以下の通り。

'There was a ship,' quoth he.
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (l.10)

And ice, mast-high, came floating by,
As green as emerald.
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (ll.53-54)

Four times fifty living men,
(And I heard nor sigh nor groan)
With heavy thump, a lifeless lump,
They dropped down one by one.
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (ll.216-219)


「『ひとり、ひとり、ただひとり、大海原にただひとり』」とジョアンナは声に出していい、その声は静寂の中でいかにも頼りなく、哀れっぽく聞こえた。
44章 下巻p.224

【解説】
ジョアンナは〈船〉のデッキにひとりたたずむ。

ジョアンナが引用したのは下巻p.39にもでてきた部分。


「いつまでもそうやって突っ立っているものではない」とブライアリー先生がいった。「すわりたまえ。五十八ページ『老水夫行』」 (中略) 「『そこにいたのは古老の船乗り、三人連れの一人を止める』」とブライアリー先生はいった。「『”白ひげなびかせ眼を光らせて、何でおいらを止めるんだ。花婿の家じゃこれから宴会で、おいらは一番近い身内だぞ”』」その手が把手を探してドアの内側をひっかく。
(中略)  ブライアリー先生は手をひざの上に下ろした。「それこそが歴史であり、科学であり、芸術だ」と震える声でいう。「それこそが文学なのだ」
48章 下巻p.274

【解説】
ブライアリー先生は、手がかりを求めるキットとリチャードに向かって昔の授業を再現する


引用は冒頭の部分。

It is an ancient Mariner,
And he stoppeth one of three.
'By thy long grey beard and glittering eye,
Now wherefore stopp'st thou me?

The Bridegroom's doors are opened wide,
And I am next of kin;
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (ll.1-6)

ブライアリー先生が再現しているのは、ジョアンナが知りたがったあの「授業」である。


「『押さえるその手は骨と皮』とブライアリー先生がいった。「『”船があってな”と古老は行った』」
「船?」とリチャード。
(中略)
「ジョアンナになにを話したの?」とキットがたずね、リチャードは身じろぎもせず、固唾を呑んで答えを待った。
「ジョアンナ」ブライアリー先生はフロンガラスを見つめている。「『花嫁の頬は深紅の薔薇』」リチャードのほうを向いて、「これはメタファーだ。期末試験に備えて覚えておきたまえ」
48章 下巻p.275

【解説】
ブライアリー先生は、手がかりを求めるキットとリチャードに向かって昔の授業を再現する。

引用された部分は以下の通り。

He holds him with his skinny hand,
'There was a ship,' quoth he.

The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (ll.9-10)

Red as a rose is she;
The Rime of the Ancient Mariner: in Seven Parts (l.34)

リチャードの質問とは関係ないことを答えているように見えるが、実はブライアリー先生は正しい答えを返している。


「『老水夫行』?」ジョアンナはそういって、ブライアリー先生の言葉を思い出した。「『老水夫行』は、一般にそう教えられているのとは反対に、直喩や踏韻や声喩法に関する詩ではない。そしてまた、あほうどりや、妙な綴り方をした単語に関する詩でもない。『老水夫行』は死と絶望、そして再生に関する詩だ」
 そして煉獄に関する詩だ、とジョアンナは思った。凪で永遠に足止めされ、すべての乗組員が死に、「大海原にただひとり」。 もしかしたらこれもそうなんだろうか。罰と贖罪の場所なのか。『老水夫行』では、雨が、そして風が訪れ、それが罪を押し流し、 彼らを自由にしてくれる。ジョアンナは空を見わたしたが、雲ひとつなく、風はそよとも吹かない。死んだように動かない。
57章 下巻p.386

【解説】
ジョアンナは、ブライアリー先生の言葉(27章 上巻p.395に登場)を思い出す。
ジョアンナは『老水夫行』の中で、『老水夫行』の中でどんなことが起きたのかを思い起こしているが、これはブライアリー先生の初登場場面(20章 上巻p.291)に呼応している。

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有里 (Alisato Akemi)
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